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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)8573号 判決

主文

一  甲事件について

1  被告齋藤敏彦は、原告に対し、一五二五万八二八五円及びこれに対する昭和六三年七月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告の被告齋藤敏彦に対するその余の請求を棄却する。

二  乙事件本訴について

原告は、被告株式会社シー・アイ・シーに対し、五九四万六九五五円及びこれに対する平成元年三月二日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

三  乙事件反訴について

原告の被告株式会社シー・アイ・シーに対する請求を棄却する。

四  訴訟費用は、全事件を通じて、被告齋藤敏彦に生じた費用の百分の九五及び被告株式会社シー・アイ・シーに生じた費用の全部は原告の負担とし、原告に生じた費用の百分の五は被告齋藤敏彦の負担とし、その余は各自の負担とする。

五  この判決は、第一項1及び第二項に限り、仮に執行することができる。

理由

【事実及び理由】

(本件は、甲事件原告、乙事件本訴被告及び乙事件反訴原告として、いずれも原告のほか、日栄システムウエア株式会社が当事者として加わっていたが、同会社は、平成二年一〇月二四日原告に吸収合併され、同社の権利義務及び訴訟当事者の地位は原告に吸収された。以下において、当事者の呼称は、被告齋藤敏彦を「被告齋藤」、被告株式会社シー・アイ・シーを「被告CIC」、日栄システムウエア株式会社を「NSC」ということとする。)

第一  請求

一  甲事件について

被告齋藤は、原告に対し、二億八三八六万一四六一円及びこれに対する昭和六三年七月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  乙事件本訴について

主文二項同旨

三  乙事件反訴について

被告CICは、原告に対し、一億九四八三万五三八九円及びこれに対する平成元年七月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  事案の要旨

原告の代表者高山充伯(以下「高山」という。)は、原告、NSC及び日栄電子産業株式会社(以下「NEI」という。)のいずれもコンピューターソフトウエアの開発業務を主たる業務とする三社のほとんど全部の株式を有し、かつ、その代表者でもあった者であり、右三社は、まず、NEIが昭和六三年三月一八日にNSCに吸収合併され、NSCは前述のように平成二年一〇月二四日原告に吸収合併されたのであるが、本件で問題となっている被告齋藤の引抜行為の行われた昭和六二年一〇月から昭和六三年二月の間は、右三社が存在していた状態である。

1 甲事件について

同事件は、原告が、原告の従業員であった被告齋藤に対し、被告齋藤が原告ないしNEIの従業員を違法に引き抜き、被告CICないし株式会社フジソフトインテリジェンス(以下「FSI」という。)に右従業員を雇用させたと主張して、不法行為又は債務不履行を原因としてNEI及び原告に生じた損害二億八三八六万一四六一円及びこれに対する訴状送達日の翌日である昭和六三年七月九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

2 乙事件について

同事件は、被告CICが、原告に対し、ソフトウエア開発業務の請負代金五九四万六九五五円及びこれに対する訴状送達日の翌日ないしその後の日である平成元年三月二日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める(本訴請求)のに対し、原告が、被告CICに対し、被告CICは、被告齋藤の従業員の違法な引抜行為に関与したとして、不法行為を原因として損害一億九四八三万五三八九円及びこれに対する反訴状送達日の翌日である平成元年七月二七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める(反訴請求)事案である。

二  争いのない事実

1 NSCは昭和六三年三月一八日NEIを吸収合併し、原告は平成二年一〇月一四日NSCを吸収合併した。高山は、NSC、NEI及び原告の代表取締役として、右三社の株式のほとんどすべてを所有していた。

2(一) 被告齋藤は、昭和五四年四月一日に原告に雇用され、昭和六三年一月二〇日に原告を退職した。同年二月二〇日、被告齋藤が中心となって被告CICが設立され、被告齋藤がその代表取締役に就任した。

(二) 被告齋藤は、昭和六〇年一月二六日から昭和六三年三月一八日まで、NEIの取締役として登記されていた。また、被告齋藤は昭和六〇年一月分から昭和六三年一月分まで、NEIから月々五万円を受け取っていた。

3(一) 別紙一覧表1のうち清水利行及び松原孝行を除く一三名は同一覧表1記載の退社年月日に原告を退社し、被告CICに入社した。

(二) 別紙一覧表2の一七名は同一覧表2記載の退社年月日にNEIを退社し、被告CICに入社した。

(三) 別紙一覧表1の清水利行及び松原孝行は被告CICに入社した。

(四) 別紙一覧表3の一二名は同一覧表3の退社年月日に原告を退社し、FSIに入社した。

4(一) 被告CICは、原告から次のソフトウエア開発業務を請負い、各業務を完成させた。

受注日 昭和六三年五月一日

件名 住商コンピューターサービス株式会社殿向

作業場所 原告の指定場所

開発期間 昭和六三年五月一日から同月三一日

納期 昭和六三年五月三一日

請負代金 二〇一万二八二七円

受注日 昭和六三年六月一日

件名 住商コンピューターサービス株式会社殿向

作業場所 原告の指定場所

開発期間 昭和六三年六月一日から同月三〇日

納期 昭和六三年六月三〇日

請負代金 九五万八六八円

(二) 被告CICは、NSCから次のソフトウエア開発業務を請負い、各業務を完成させた。

受注日 昭和六三年四月一一日

件名 沖電気工業株式会社殿向ハードウエアシステム開発支援

作業場所 原告の指定場所

開発期間 昭和六三年四月一一日から同年五月一〇日

納期 昭和六三年五月一〇日

請負代金 六九万四〇〇円

受注日 昭和六三年五月一一日

件名 沖電気工業株式会社殿向ハードウエアシステム開発支援

作業場所 原告の指定場所

開発期間 昭和六三年五月一一日から同年六月一〇日

納期 昭和六三年六月一〇日

請負代金 一二〇万九二二〇円

受注日 昭和六三年六月一一日

件名 沖電気工業株式会社殿向ハードウエアシステム開発支援

作業場所 原告の指定場所

開発期間 昭和六三年六月一一日から同年七月一〇日

納期 昭和六三年七月一〇日

請負代金 一〇八万三六四〇円

三  争点

1 被告齋藤の地位について

(原告の主張)

(一) 原告内における被告齋藤の地位について

被告齋藤は、昭和六二年一月一日から昭和六三年一月二〇日の退職時まで原告の営業部次長の地位にあったが、高山の信頼が厚く、業務の具体的決定権も広く認められ、社内での発言権は強く、実質的には高山に次ぐ原告会社第二位の地位にあった。

(二) NEI内における被告齋藤の地位について

被告齋藤は、昭和六〇年一月二六日から昭和六三年三月一八日までNEIの取締役の地位にあった。

なお、被告齋藤は、昭和六二年一二月三一日付でNEIの取締役の辞任を申し出ていたが、法令定款に定めた取締役の員数を欠くことになるため、昭和六三年三月一八日まで取締役としての権利義務を有していた。

(被告らの認否及び主張)

(一) 被告齋藤が、原告の会社で高山に次ぐ第二位の地位にあったことは否認する。原告の会社には、営業部部長代理柳清次、管理本部総務部長代理兼人事部長代理栗林孝昭など被告齋藤より職制上上司に当たる者や、職制上同格の者もいた。確かに、被告齋藤は、営業部次長の地位にあったため、日常業務についての処理権限が付与されており、原告及びNEIの各従業員から現状報告を受けたり、相談にのることはあったが、業務の具体的処理の決定権が広く、社内での発言権が強いということはなかった。

(二) 被告齋藤は、単に取締役の員数合わせのために、名目上NEIの取締役として登記されることを承諾していたにすぎず、NEIとの間に取締役に関する委任契約が締結されていなかった。

また、被告齋藤がNEIから受け取っていた金員は、NEIの役員報酬ではなく、原告からの給料の一部であった。右金員が原告からではなくNEIから支払われた理由は、原告からの支払給料とすると他の社員の給料との均衡がとれないからであった。

2 被告齋藤による引抜行為について

(原告の主張)

(一) 引抜行為に至る経緯等について

被告齋藤は、昭和六二年一〇月一五日から同月二四日まで、訴外社団法人日本システムハウス協会が企画した海外調査研究視察団に、原告及びNEIから派遣されて参加した。被告齋藤は、右視察の際、エヴィック株式会社の代表取締役社長中上崇(以下「中上」という。)と知り合い、昵懇となり、帰国後、かねてから計画していた原告及びNEIを退社し新会社を設立する案を実現すべく、中上に対し資金援助を申し出た。これに対し、中上は、被告齋藤の設立する新会社に資金援助する見返りとして、中上が出資し、かつ、取締役をしているFSIに、原告の従業員を転籍させ、原告の顧客を奪うことを求め、被告齋藤はこれを了承した。そこで、被告齋藤は、昭和六二年一一月ころから、原告及びNEIの各従業員を多数引き抜き、被告齋藤の設立する新会社及びFSIに移籍させ、原告の顧客を奪う計画を実行すべく勧誘を始めた。

(二) 引抜行為について

被告齋藤は、昭和六二年一一月ころから、原告及びNEIの従業員に対して、自らないしは原告京都営業所従業員でプロジェクトリーダーであった橋本英始(以下「橋本」という。)及びNEI従業員であった中里将始(以下「中里」という。)を使い、原告及びNEIの経営方針を批判し、原告及びNEIの将来性を問題視する一方で、派遣先の会社との間で被告齋藤の設立する新会社に取引を移す合意ができており、原告及びNEIを辞め、被告CICないしFSIに移籍しなければ、現在の仕事ができなくなるなどと述べ、強引な引抜行為(以下「本件引抜行為」という。)を行い、別紙一覧表1ないし3記載の計四四名の原告及びNEIの従業員技術者を引き抜いた。本件引抜行為のうち実際に引抜きに成功した事例など代表的な引抜行為は、次のとおりである。

(1) 被告齋藤は、昭和六二年一一月三〇日、原告京都営業所の幹事会において、右幹事会に出席していた原告従業員佐伯知也、橋本ら七名に対して、被告齋藤が原告を退社し、新会社を設立するつもりであること、新会社には立石ソフトウエア株式会社(以下「立石ソフト」という。)の前田部長の協力が得られること、さらには「TCS京都営業所の人は直接齋藤の新会社に行くのではなく、いったん齋藤の紹介する会社に就職することになる。」などと述べ、勧誘行為を行った。

(2) 被告齋藤は、昭和六二年一二月半ばころ、橋本に命じて、原告京都営業所従業員で、立石ソフトに派遣されていた有馬啓之、桝谷秀樹及び土居忠司を長岡天神にある居酒屋「一休」に集めさせて、「TSK(立石ソフトウエア)の仕事は、齋藤さんのもとでやることになる。京都営業所のリーダーには既にこの件について話がついていて、京都のリーダーは全員新会社に行くことになっている。各営業所で齋藤さんが動いている。一〇〇人以上の従業員が辞めることになる。」、「TCS(原告)を退職して新会社に来る意思があれば来てほしい。」などと述べ、右三名に対して、原告を退職し、被告齋藤の関係する会社に移籍するよう勧誘した。その結果、右三名のうち有馬啓之は、原告を退職してFSIに移籍した。

(3) 被告齋藤は、昭和六二年一二月二九日、橋本に命じて、原告の京都営業所の従業員全員を集めて、「FSIによく知っている人がいる。FSIに京都営業所のメンバーを引き連れていく。現在やっているTCSの仕事をFSIに移すという話が私とTSKとの間でついているから、現在やっている仕事はそのまま続けられる。新会社のことや待遇面についての説明会を来年の一月の終わりころに東京でやる予定だから、その説明会に出るように。新会社は受託でやっていく。」などと述べ、原告の京都営業所の従業員全員に対し、原告を退職して、FSIに移籍するように勧誘した。その結果、京都営業所の従業員のうち一五名が原告を退職し、そのうち一二名がFSIに、うち三名が被告CICに移籍した。

(4) 被告齋藤は、昭和六三年一月中旬ころ、原告の京都営業所従業員で立石ソフトに派遣されていた山下不二男を呼び出し、「原告の将来はない。原告にいたところで今の仕事は続けられないのだし、この際君も新会社に来たほうがよい。」などと述べ、原告を退職するよう勧誘し、その結果、右山下は原告を退職し、FSIに移籍した。

(5) 被告齋藤は、昭和六三年一月中旬ないし下旬ころ、日本信号与野工場の会議室に、NEI従業員で右日本信号与野工場に派遣されていた萩谷和俊ら従業員全員を集め、「今度NEIを辞めて新会社を作る。私が新会社を作れば、日本信号はNEIとの取引をやめて新会社と取引をすることになっており、もし、君たちが新会社に来ないなら、代わりの人間を補充する。日本信号の仕事がやりたいのなら、新会社に来い。」などと述べ、右従業員に対し、NEIを退職し、新会社に移るよう勧誘し、その結果池田瀬彦ら五名の従業員がNEIを退職し、被告CICに移籍した。

(6) 被告齋藤は、昭和六三年一月下旬ころ、中里に命じて、NEIの従業員で、三菱電気エンジニアリングに派遣されていた岩坪幸喜、水沢昭博ら八名の従業員をJR大船駅前の居酒屋に集めさせ、「齋藤さんがNEIを辞めて新しい受託のソフト会社を設立する。私も笠木さんも新会社に移る。ついては新会社の人材が足りないので、NEIを辞めて新会社に移ってほしい。」などと述べさせ、さらにその後、中里は、水沢昭博ら三名の従業員を居酒屋「いろり」に連れて行き、「とりあえず実力のある君たちを引き抜きたい。」などと述べ、NEIを退職するよう勧誘し、その結果、右水沢は昭和六三年三月二〇日付でNEIを退職し、被告CICに移籍した。

(被告らの主張及び認否)

(一) 引抜行為に到る経緯について

被告齋藤が、原告の主張する海外調査研究視察団に参加し、右視察の際、中上と面識をもつようになったことはあるが、その余の事実は否認する。

(二) 引抜行為について

(1) 昭和六二年一一月三〇日に原告の京都営業所の幹事会が行なわれ、その場で被告齋藤が退職の意思及び新会社設立の意思を表明したことは認めるが、その余は否認する。

(2) 橋本が昭和六二年一二月半ばころ有馬啓之、桝谷秀樹及び土居忠司と共に長岡天神にある居酒屋「一休」に行ったことは認めるが、その余は否認する。橋本は、齋藤から何らの指示・命令を受けたことはない。橋本は、有馬らから被告齋藤が原告を辞め新会社を作るらしいという噂について相談を受け、独自の判断で、有馬らと共に右居酒屋に行って話をしたにすぎない。橋本は、その当時被告齋藤から退社の意思及び被告の設立する新しい会社の大まかな構想について話を聞いていたので、有馬らに対し、その旨を告げると共に、自分が退社する意思があることも併せて告げたが、原告の主張するような発言や勧誘行為を行ったという事実はない。

(3) 被告齋藤は、昭和六二年一二月二九日、原告の京都営業所の納会の席において、京都営業所従業員全員に対し、納会の挨拶をしたことは認めるが、その余は否認する。

その際、「私は来月で辞めて新しく会社を作る予定でいる。今の会社のやり方が間違っていると思うので、年明けもたぶんこちらには来れないと思う。」、「TCSでは社員を満足させられない。」という旨の話をしたことはあるが、原告の主張する内容の話をしたことはなく、何ら勧誘行為をしたこともない。

(4) 原告の主張はすべて否認する。山下不二男が昭和六二年一二月及び昭和六三年一月中に被告齋藤と会ったのは、昭和六二年一二月一日、同年一二月二九日及び昭和六三年一月三〇日の計三回だけである。

(5) 被告齋藤が昭和六三年一月二二日に新年の挨拶のために、同月末ころに退社の挨拶のために、それぞれ日本信号与野工場を訪れたことはある。また、被告齋藤は昭和六二年一二月ころに、高山の命に従い、右工場に派遣されているNEI従業員全員を会議室に集め、NEIがNSCに吸収合併されることについて説明を行ったことはある。その際、被告齋藤は、既に原告及びNEIを退社する意思を固めていたことから、「私は今度会社を辞める。合併されるNSCという会社にはついていけないし、やっていく自信もない。」という話をしたことはある。

しかし、いずれの際も、原告が主張する内容の発言をしたことも、従業員の勧誘をしたこともない。

(6) 中里が昭和六三年一月下旬ころ岩坪幸喜、水沢昭博ら八名の従業員をJR大船駅前の居酒屋に集めたことは認めるが、原告の主張する発言内容については否認する。

中里は、自分自身がNEIを辞めることを報告するために、右岩坪らを集めたもので、あくまで独自の判断であり、被告齋藤の指示によるものではない。また、その際、被告齋藤が原告を退社して新会社を作ろうとしていること、中里自身も被告齋藤の会社に入ろうとしていることなどを話したが、右岩坪らに、NEIを辞めて新会社に来るように積極的に勧誘したことはない。

3 被告齋藤及び被告CICの責任について

(原告の主張)

(一) 被告齋藤の責任

(1) 雇傭契約上の債務不履行ないし不法行為による損害賠償責任

被告齋藤の本件引抜行為は、原告との雇傭契約上の誠実義務に違反した違法行為である。

被告齋藤は、昭和五四年四月一日に原告と雇用契約を締結し、原告の従業員となり、昭和六二年一月一日から昭和六三年一月二〇日の退職時まで原告の営業部次長の地位にあり、前記一のとおり、高山に次ぐ原告のナンバーツーとして、原告の業務の処理を広く統括していた。

このように、被告齋藤は、実質上原告のナンバーツーという地位にあったにもかかわらず、原告の顧客を奪う目的で、原告従業員(原告と合併したHTSの従業員であった松原孝之及び清水利行も含む。)に対し、本件引抜行為を行ったものであり、このような被告齋藤の本件引抜行為は雇傭契約上の誠実義務に違反し、被告齋藤は、原告に対し、債務不履行ないし不法行為に基づき原告に生じた損害を賠償する義務がある。

(2) 取締役の忠実義務違反に基づく損害賠償責任

被告齋藤は、本件引抜行為当時、NEIの取締役の地位にあったにもかかわらず、NEI従業員に対し、NEIの顧客を奪う目的で、NEI従業員に対し、前記2のような方法による引抜行為を行ったものであり、このような被告齋藤の行為は取締役の忠実義務に違反し、被告齋藤は、NEIを吸収合併した原告に対し、本件引抜行為によって原告に生じた損害を賠償する義務がある。

(二) 被告CICは、被告齋藤が原告及びNEIの従業員を引き抜き、原告及びNEIの顧客を奪うという計画を実現させるために、昭和六三年二月二〇日に設立された会社であり、被告齋藤及びその父親である齋藤定雄らが発起人となり、被告齋藤及び齋藤定雄が全発行株式の七五パーセントを保有し、被告齋藤が引き抜いた別紙一覧表1の一五名及び同表2の一七名の計三二名を従業員として雇用したものである。

右のとおり、被告CICは、被告齋藤の本件引抜行為によって作出された違法な状態を認識し、被告齋藤と共謀の上、右違法状態を利用し、利益を得る目的で、別紙一覧表1及び同表2の三二名を雇用し、原告に損害を与えたものであるから、原告に対し、不法行為責任に基づき本件引抜行為によって原告に生じた損害を被告齋藤と連帯して賠償する義務がある。

4 損害

(原告の主張)

(一) 原告及びNEIは、別紙一覧表1ないし3記載の計四四名の従業員を各企業に派遣し、派遣先の各企業から派遣手数料収入を得ていたものであるが、被告齋藤の本件引抜行為により右四四名の各従業員が退社し、派遣先の各企業の仕事を奪われた。本件引抜行為がなければ、右四四名の従業員は、少なくともさらに三年間は稼働し得たはずであり、原告は本件引抜行為によって、右四四名の従業員が向こう三年間稼働したら得られたはずの利益を喪失し、同額の損害を被った。

右四四名の従業員が昭和六一年一一月一日から昭和六二年一〇月三一日までの一年間稼働することによって、原告及びNEIが得ていた各売上利益(売上高から経費を控除したもの)は別紙一覧表1ないし3の「売上利益」欄記載のとおりであり、右従業員が向こう三年間稼働したら得られたはずの原告の利益の合計は少なくとも右従業員の右一年間の各売上利益の総額の三倍である二億八三八六万一四六一円となる。

(二) 被告CICは、被告齋藤と共謀して別紙一覧表1の一五名及び同表2の一七名の計三二名を引き抜いて雇用し、原告に右三二名の従業員が向こう三年間稼働したら得られたはずの利益である一億九四八三万五三八九円を喪失させ、同額の損害を被らせた。

第三  争点に対する判断

一  当事者及び被告齋藤の地位について

前記争いのない事実、《証拠略》によれば、次の事実が認められる。

1 原告は、昭和四九年九月にコンピュータ要員の派遣業務等を目的として設立された会社で、昭和六三年当時、資本金七六〇〇万円、従業員約七七〇名を有し、関連企業にNEI、NSC、HTS等があり、関連企業を含めた従業員総数は千数百名であった。

原告、NEI及びHTSは、経営方針として派遣体制、すなわち、顧客の下に原告の雇用した技術者を派遣し、右技術者を顧客の指揮命令下でソフトウエアの開発等の業務に従事させる体制を採用していた。

被告CICは、昭和六三年二月二〇日にコンピュータのソフトウエアの設計・開発業務等を目的として設立された会社であり、被告齋藤が代表取締役であった。FSIは、昭和六二年一〇月一日に株式会社フジコーポレーション及び中上が共同出資して設立したコンピュータのシステム又はプログラムの設計技術者の派遣等を目的とする会社であり、中上が取締役として名を連ねていた。

2 被告齋藤は、昭和五四年四月原告に入社し、第一システム部に配属となった後、昭和五七年二月に営業部営業推進課に転属となった。被告齋藤は、高山からその営業実績、将来性を高く評価され、昭和五八年四月に同課の主任、その後同課係長、課長代理、課長に昇進し、昭和六〇年一月二六日に二九歳の若さでNEIの取締役(主として営業を担当)に抜擢され、昭和六二年一月には原告営業部次長に昇進を遂げた。

被告齋藤は、原告の営業部次長として関東地区の約半分及び京都地区の営業を担当する重要な地位にあり、高山からの個人的な信頼も厚く、交際費の拠出も広く認められていた。被告齋藤の直属の上司は、実質的には高山のみであり、営業部部長代理であった柳清次と並んで原告の準役員的立場にあった。被告齋藤は、NEIの取締役として営業部門を担当しており、昭和六〇年一月分から昭和六三年一月分までNEIから役員報酬として月々五万円を受け取っていた。

3 被告齋藤は、昭和六二年一二月三一日にNEIの取締役の辞任を、昭和六三年一月五日には原告を退職することを高山に対し申し出、昭和六三年一月二〇日付で原告を退職すると共に、NEIの取締役を辞任した(原告の会社内部において、取締役辞任の申出についての効力が即時発生するについて妨げとなるような事由はなかった。)。

二  本件引抜行為について

前記争いのない事実、《証拠略》によれば、次の事実が認められる。

1 被告齋藤は、昭和六二年一〇月一五日から同月二四日までの間、NEIが会員として加入している社団法人日本システムハウス協会が企画した海外調査研究視察団に派遣され、その際、エヴィック株式会社の代表取締役であった中上と知り合った。被告齋藤は、右視察をきっかけに昭和六二年一〇月末ころから原告及びNEIの退社を考えるようになり、その旨を同期入社の平信忠昭(以下「平信」という。平信は原告を退社し、被告CICに入社し、取締役となった。)に打ち明けた。被告齋藤は、同年一一月に中上を数回訪ね、中上と話会いを重ねていくうちに、遅くとも同年一一月末までには、原告及びNEIを退社し、新会社を設立する構想を固めた。右話合いの結果、中上は、被告齋藤に資金援助することとし、同年一二月三日に二二七万四五〇〇円を融資したのをはじめとして、昭和六三年三月二三日までに計六〇〇〇万円を被告齋藤に対し融資した。

2 引抜の実行行為について

(一) 被告齋藤は、昭和六二年一一月ころ新会社設立の構想を同期の平信やNEIの営業担当で直属の部下に当たる腹心の中里等に打ち明けたのをはじめとして、同年一一月下旬ころ、千代田区主催の野球大会の試合終了後に原告野球部メンバーのうち平信、富樫潤、城所透、相場尚、渡辺亮一などを集め、原告を辞め、新会社を設立するつもりであることを伝えるなどした。被告齋藤は、同年一二月に入り新会社設立の計画を本格化し、同月の一三日及び二〇日の各日曜日に高円寺の居酒屋に腹心の中里ら被告齋藤と親しい原告グループの従業員約一〇名を集め、新会社設立計画を具体的にもちかけるなどしたほか、同年一二月ころから昭和六三年一月ころにかけて原告グループの社員約二〇〇名と会い、右社員に対し、自ら又は中里を介して、原告及びNEIの経営方針を批判した上で、自分が新会社を設立すること、そして新会社は原告及びNEIよりも待遇面において好条件であることなどを言明し、勧誘を行った。被告齋藤が原告及びNEI在職中に行った勧誘行為のうち代表的な行為として以下のものがあった。

(1) 昭和六二年一一月三〇日、京都市内の居酒屋「北の古郷」で京都営業所の幹事会が開かれ、橋本、大石義隆、中村直和、佐伯知也、加藤正次、美村要次及び前田尚範らが出席した。右七名のうち橋本、大石義隆、中村直和及び佐伯知也は京都営業所のプロジェクトリーダーであった。被告齋藤は、右幹事会で原告の経営姿勢を批判し、自らが新会社を設立することを表明した上で、新会社にくれば待遇をもっとよくするなどと述べ、右橋本らに新会社への移籍を勧誘した。

(2) 同年一二月一日、被告齋藤は、立石ソフトを訪問した際、立石ソフト別館付近の喫茶店で、NSC大阪支店システム課に所属し立石ソフトに派遣されていた清水修に対し、「これからTCSもNSCも衰退するだろう。」、「TCSでは社員を満足させられない。」などと原告には先行きがないことなどを述べた上で、「今度私は新会社を作る。」、「京都の主任は全員新会社に移ることになっている。」、「君も移りたかったら加えてやるから来い。」などとNSCを退社し、新会社への移籍を勧誘した。

(3) 被告齋藤は、同年一二月二九日、原告の京都営業所の納会において同営業所所属の従業員のほぼ全員に対し、「原告の今のやり方は間違っている。毎年多くのものが辞めていく会社では社員の待遇がよくならない。」などと原告の経営体質・姿勢を批判した上で、自分が原告を退社し、新会社を設立することを旗幟鮮明にし、「新会社に京都営業所のメンバーを引き連れていく。現在やっている立石ソフトの仕事はそのまま続けられる。新会社のことや待遇面についての説明会を来年の一月の終わりころに東京でやる予定だから、その説明会に出るように。新会社は受託でやっていく。」などと述べ、出席した従業員に対し、原告を退職して、新会社に移るように勧誘した。

(4) 同年一二月三〇日ないし翌昭和六三年一月四日ころ、被告齋藤は、佐伯知也を呼び出し、京都営業所のメンバーはほとんどFSIに行くこと、FSIの給与・待遇は原告よりも好条件であることなどを述べて、勧誘を行った。

(5) 被告齋藤は、昭和六二年一二月ころ、NEIがNSCに吸収合併されることになったことを説明するために日本信号与野工場を訪れ、同工場の会議室に、NEI従業員で同工場に派遣されていた萩谷和俊ら従業員全員を集め、右吸収合併を批判し、自分は合併会社には行かず、原告を退社することなどを告げた。また、被告齋藤は、昭和六三年一月の中旬及び下旬に右日本信号与野工場を訪れているが、そのうち下旬に退社の挨拶に訪れた際、同工場に派遣されていた従業員全員を集め、「私は、今度会社を辞める。私が新会社を作れば日本信号はNEIとの取引を辞めて新会社と取引をすることになっており、もし、君たちが新会社に来ないなら代わりの人間を補充する。日本信号の仕事がやりたいのなら新会社に来い。」などと述べ、右従業員に対し、NEIを退職し、新会社に移るよう勧誘した。

(6) 被告齋藤は、腹心の中里を使い、昭和六三年一月下旬ころ、NEIの従業員で、三菱電気エンジニアリングに派遣されていた岩坪幸喜、水沢昭博ら八名の従業員をJR大船駅前の居酒屋に集め、中里に、「齋藤さんがNEIを辞めて新しい受託のソフト会社を設立する。私も笠木さんも新会社に移る。ついては新会社の人材が足りないので、NEIを辞めて新会社に移ってほしい。」などと述べさせ、さらにその後、中里は、水沢昭博ら三名の従業員に対し、居酒屋「いろり」で、「とりあえず実力のある君たちを引き抜きたい。」などと述べて、NEIを退職するよう勧誘した。

(二) 被告齋藤は、原告退職後も勧誘行為を行い続け、昭和六三年一月三〇日に品川プリンスホテルで行われた被告齋藤の送別会に原告グループの従業員多数を集めた際、当時FSI代表取締役社長であった河原崎元を通じて原告京都営業所の従業員等に対し、FSIの概要及び経営方針などについて説明させたほか、同年二月半ばには腹心の中里を通じてNEIの従業員で日立京葉エンジニアリング株式会社に派遣されていた橋本正勝ら八名に対し勧誘行為を行うなどした。

三  被告齋藤の責任について

1 雇傭契約上の債務不履行ないし不法行為について

(一) およそ、会社の従業員は、使用者たる会社に対し、雇用契約に付随する信義則上の義務として、就業規則を遵守するなど労働契約上の債務を忠実に履行し、使用者の正当な利益を不当に侵害してはならない義務(以下「誠実義務」という。)を負い、従業員が右誠実義務に違反し、会社に対し損害を与えた場合には、雇傭契約上の債務不履行責任又は不法行為責任に基づいて右損害を賠償する義務があるというべきである。

そこで、本件のような幹部従業員による部下の従業員に対する引抜行為が右誠実義務に違反するかどうかを検討するに、従業員は、職業選択の自由があり、転職先の条件等を比較考慮して各々の自由な判断に基づいて転職を決定することができ、右判断は最大限尊重されなければならない。したがって、従業員の引抜行為が単なる転職の勧誘にとどまるなど、その手段・方法・態様等が社会的に相当であると認められる限りは、自由で公平な活動の範囲内として違法性を欠き、それがたとえ引き抜かれる会社の幹部従業員によって行われたとしても、直ちに雇傭契約上の誠実義務に違反した行為ということはできない。しかしながら、その勧誘の態様が会社の存立を危うくするような一斉かつ大量の従業員を対象とするものであり、あるいは、幹部従業員がその地位・影響力等を利用し、会社の業務行為に藉口して又はこれに直接に関連して勧誘し、あるいは、会社の将来性といった本来不確実な事項についてこれを否定する断定的判断を示したり、会社の経営方針といった抽象的事項についてこれに否定的な評価をしたり、批判したりする等の言葉を弄するなど、その引抜行為が単なる転職の勧誘の域を超え、社会的相当性を逸脱した不公正な方法で行われた場合には、引抜行為を行った幹部従業員は雇傭契約上の誠実義務に違反したものとして、債務不履行責任又は不法行為責任を負うものというべきである。

(二) そこで、これを本件についてみるに、前記認定事実によると、被告齋藤は、原告の準役員的立場にあり、営業部次長として原告の営業の中心的な立場にあった上、原告の代表者である高山の個人的な信頼も厚かったにもかかわらず、いわば、これらの地位・立場・影響力を利用して、昭和六二年一一月ころから新会社設立計画を立て、競業他社の経営者である中上からの資金援助の下に、少なくとも昭和六二年一二月の一三日及び二〇日の二回にわたり、腹心の中里をはじめとする原告グループの従業員約一〇名を集め、新会社設立計画を協議し、昭和六二年一一月ころから昭和六三年一月ころにかけて自ら又は中里を使い、約二〇〇人もの原告グループ従業員と面談し、原告の経営体制を厳しく批判した上で、新会社への勧誘行為を行うなどしたものであり、また、その勧誘行為も、個別に居酒屋等に誘うなど会社に内密に行う一方で、会社の公式行事を利用するなどして行ったものもある。そして、原告のようなコンピュータ技術者の派遣業にあっては、人材が唯一の資産であって、派遣されている事業所全部の従業員を一斉に引き抜けば、原告に対し従業員とともにその取引先を失うなど原告の会社の存立に深刻な打撃を与えるものであるにもかかわらず、被告齋藤はこのことを十分知悉した上で、原告の大量の技術者派遣先である立石ソフト、日本信号与野工場、日立京葉エンジニアリングなどの派遣従業員全員に対し、一斉に勧誘行為を行っているのである。

以上の諸点を考慮すれば、被告齋藤の本件引抜行為は、もはや適法な転職の勧誘の域にとどまるものとはいえず、社会的相当性を逸脱した違法な引抜行為と評価せざるを得ない。したがって、被告齋藤は、雇傭契約上の誠実義務に違反したものとして、本件引抜行為によって原告が被った損害を賠償すべき義務がある。

2 取締役の忠実義務違反について

右1で認定判示したことからすれば、被告齋藤の本件引抜行為がNEIの取締役としての忠実義務に違反することは明らかであり、したがって、被告齋藤は、NEIの権利義務を承継した原告に対し、本件引抜行為により原告が被った損害を賠償すべき義務がある。

3 なお、被告らは、別紙一覧表1ないし4の各従業員四四名は、それぞれ原告の派遣体制をはじめとする経営姿勢に従来から不満があり、自由な意思で原告及びNEIを退社したものであり、また、本件引抜行為とほぼ同一時期に四〇名ほどの原告従業員が原告を退社しマックスという会社を設立していることなどをあげて、被告齋藤の勧誘行為とは因果関係がない旨主張し、《証拠略》の中には、右主張に沿う供述部分がある。

しかし、右1、2で認定判示したとおり、別紙一覧表の1ないし3の各従業員四四名は、ほぼ同一時期に一斉に原告及びNEIを退社し、被告CICないしFSIに入社したものであることからすれば、たとえ、右四四名の従業員らがかねて原告の経営姿勢に不満を有しており、また、他に同一時期に原告を辞めた従業員がいるとしても、右四四名の従業員らが被告齋藤による本件引抜行為とは無関係に右の時期に一斉に原告及びNEIを退社したものであるととうてい考えることはできないし、また、右供述部分も、各供述者が供述当時被告CICないしFSIの従業員であったことに照らせば信用することはできず、他に右の主張事実を認めて前記認定を覆すに足りる証拠はない。

四  被告CICの責任について

原告は、被告CICは、被告齋藤の本件引抜行為によって作出された違法な状態を認識し、被告齋藤と共謀の上、右違法状態を利用し、利益を得る目的で、別紙一覧表1ないし2の三二名を雇用し、原告に損害を与えたものであるから、原告に対し、不法行為により本件引抜行為によって原告に生じた損害を被告齋藤と連帯して賠償する義務があると主張する。

しかしながら、被告齋藤には原告に対し前記判示のような従業員としての誠実義務ないしは取締役としての忠実義務はあるものの、被告CICにはそのような義務はなく、また、被告齋藤の引抜行為自体は前示判示のように基本的に被告CICの設立前に行われているのであるから、被告CICには不法行為責任が成立する余地はない。

したがって、原告の被告CICに対する請求は、その余について判断するまでもなく理由がない。

五  損害

そこで、被告齋藤の誠実義務違反及び取締役の忠実義務違反により原告が被った損害について判断する。

原告は右損害として、別紙一覧表1ないし3の四四名の従業員が向こう三年間稼働したら得られたはずの逸失利益を主張するが、右逸失利益が右四四名の従業員の一斉退職と相当因果関係があると認められるものでない限り、被告齋藤の右違法行為により原告が被った損害ということはできない。

(一) まず、右一覧表1中の清水利行及び松原孝之については、原告とHTSが合併登記される昭和六三年二月二〇日以前にHTSを退社しており、退社当時原告の従業員とは認められず、HTSと原告とは全く別法人であることからすれば、被告齋藤の右二名に対する引抜行為について被告齋藤の原告に対する誠実義務違反はあり得ないというべきであり、これによる原告の損害を認めることはできない。

(二) また、前記のとおり従業員には退職・転職の自由が認められているから、従業員の自由な意思による退職・転職に伴って使用者に発生する損害については使用者が甘受するのが原則である。大量の従業員が同一時期に退職し、それによって使用者に大きな損害が発生した場合も同様である。このような場合には、使用者としては、適宜その従業員の補充を行い、その損失を最小限に抑えようとするのが通例であろうが、元の状態に業績が回復するまでの期間が長く、またそれまでの経費が多かろうと、使用者としては、これを甘受しなければならないというべきである。

《証拠略》によれば、原告及びNEIのようなコンピュータ要員の人材派遣業は定着性のある業種とはいい難く、就職しても短期間で転職したり、独立したりする傾向が強い業界であり、現に、原告の昭和五九年度入社一三三名中九九名が五年以内に退社し、また昭和六〇年度入社一二六人のうち五三名が五年以内に退社しているなど、原告グループの従業員の定着性がかなり低いことが認められ、仮に本件引抜行為がなかったとしても、引き抜かれた原告及びNEI従業員全員が三年間継続して原告及びNEIに在籍していた可能性は極めて少ないものといわざるを得ない。さらにいえば、原告及びNEIのようなコンピュータ要員の人材派遣業では、人材に代替性と企業間流動性が著しく高いことを併せ考慮すると、その補充に長期間を要するものとは考えることはできない。

右諸事情を考慮すると、本件引抜行為により原告に生じた損害のうち、相当因果関係があると認められるのは、期間として二か月分の逸失利益に限るのが相当である。

そして、《証拠略》によれば、別紙一覧表1ないし3に記載された各従業員四四名が昭和六一年一一月一日から昭和六二年一〇月三一日までの一年間稼働することによる売上利益(売上高から経費を控除したもの)は別紙一覧表の「売上利益」欄記載のとおりであると認められ、右事実によれば、別紙一覧表のうち松原孝之及び清水利行を除く四二名が向う一年間稼働することにより原告が得られたはずの利益は九一五四万九七一一円であると推計でき、このうち二か月分である一五二五万八二八五円をもって原告の逸失利益と認めるのが相当である。

第四  結論

以上のとおりであるから、原告の甲事件の請求は、被告齋藤に対し原告の被った損害一五二五万八二八五円及びこれに対する訴状送達日の翌日である昭和六三年七月九日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を認める限度で理由があるから、これを認容し、その余の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、乙事件の本訴請求は、請求原因事実について当事者間に争いがないから、これを認容し、乙事件反訴請求は理由がないからこれを棄却することとする。

(裁判長裁判官 塚原朋一 裁判官 大熊良臣 裁判官 沢田忠之)

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